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田川市の石炭・歴史博物館に行ってきました。2

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田川市石炭・歴史博物館の入館料は400円。(Wikipediaでは210円となっていたのでの記述は間違っていますのでお気を付けください。) 入口を入ると中は薄暗くてなっていました。この部屋は石炭についての展示がされていました。その部屋の真ん中には三井田川鉱業所伊田坑のジオラマがありましt。真ん中の大きい建物が現在の博物館の場所にあたるそうです。 次々と部屋を見ていくと、採掘の道具の展示や採掘の現場が再現されています。行ったん外に出ると石炭の大型採掘機械が展示してありました。建物が工事中だったのですが住居の長屋が展示されていました。私が子供の頃住んでいた国鉄の官舎より立派です。 炭鉱記録画家の山本作兵衛の水彩画は撮影禁止でした。展示作品はそんなに多くはなかったのですが、絵に書かれている解説をじっくり読んだのでかなり時間がかかりました。 2階からは公園の向こうに「ぼた山」と「香春岳」が見えました。この景色は五木寛之の「青春の門」の冒頭で描かれています。普通の山と形は違いますが本の中で書かれているほど「異様」な印象はうけませんでした。 博物館の中は撮影禁止の場所には撮影禁止と書かれているので、そこ以外は写真を取ることが出来ます。行かれる場合はカメラを持っていくとおおと思います。 では。

田川市の石炭・歴史博物館に行ってきました。1

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先日来の雨もあがった20日、午前中は秋晴れとまではいかないにしても、いわし雲の間から青空が広がってました。少し肌寒く台風が近づいているので天候は不安定でした。 公園に着きました。踏切を2つ超えて、左に左折するとすぐの正面にありました。漠然と山に近いところだろうと思っていたので、ちょっとびっくりしました。 駐車場は20台くらいの広さがあったのですが、奥に学校や福祉センターなどがあって、そちらの駐車場の方がとても広いです。石炭歴史博物館前の自販機には炭坑節の一節が書かれてました。 博物館前の公園はとても広びろとしていました。三井田川鉱業所伊田坑の跡地がからでしょう。公園も建物もすばらしくきれいです。公園内では少年がスケボーで遊んでました。 炭坑節発祥の地の石碑と解説板の前に来ると炭坑節の唄と音声解説が流れます。これはいいしかけ。建物の向こうに見える高い煙突は伊田竪坑第一・第二煙突。国登録有形文化財です。 写真の旧三井田川鉱業所伊田竪坑櫓は第一竪坑櫓で、当時の場所そのままにあるそうです。第二竪坑櫓は直方石炭記念館に移設されたそうです。高さは28.4m。 あんまり煙突が高いのでさぞやお月さん煙たかろ、と唄われたその煙突。説明板によると45.45mもあります。本当に見上げます。煙突は巻上げ機の動力用の蒸気ボイラーの排煙用に作られたものだそうです。 博物館の横には蒸気機関車が展示されていました。 2に続きます。

山頭火句碑(田川市石炭記念公園)

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田川市の石炭記念公園の山頭火句碑。 青空文庫 行乞記(二)五月一日より抜粋。 熱があるとみえて歯がうづくには困つたが、洗濯したり読書したり、散歩したり談笑したり。 彼女からの小包が届いてゐた、破れた綿入を脱ぎ捨てゝ袷に更へることが出来た、かういふ場合には私とても彼女に対して合掌の気持になる。 廃坑を散歩した、アカシヤの若葉がうつくしい、月草を摘んできて机上の壺に※(「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2-13-28)して置く。 略 廃坑の月草を摘んで戻る 廃坑、若葉してゐるはアカシヤ ・ここにも畑があつて葱坊主 へたくそな鶯も啼いてくれる ・夕空、犬がくしやめした ひとりものに犬がじやれつく 香春晴れざまへ鳥がとぶ 散歩できたんだ。 では。

晴れた日の元乃隅稲成神社

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先月の末に元乃隅稲成神社に行ってきました。 最初はCNNの「日本の最も美しい場所31選」に選ばれたということで有名になったのですが、長いこと山口県に住んでいても「ここどこ?」という場所でした。 その後賽銭箱が鳥居の高い場所にあって投げ入れるのが大変ということも大きく取り上げられました。 今では山口県の代表的な観光スポットの一つになりました。狭い山道は渋滞するし観光バスも行くようになって、神社そのものも変わりました。狭かった駐車場も何ヶ所も増えていました。 突然有名になったのでナビに出てこない時は「龍宮の潮吹」を目印に行くとたどり着けます。 ここに来るのは1年と5ヶ月ぶり。駐車場の正面にあった鳥居に賽銭箱があったのですが、それが奥に作られた鳥居に移されていて、賽銭を投げる場所もきちんとできてました。 若い女性たちが何度も何度も投げてました。これは腕を振って、投げ上げる角度と力具合をシミュレーションしながら投げると入ると思います。軽いコインは風に流されるので100円玉が入れやすいです。私は2回めで入れることができました。 晴れた日の青い海と青い空、赤い鳥居と緑の大地、この景色は変わりません。 この連なる赤い鳥居の下を歩いて崖の先まで行くとそこが「龍宮の潮吹」です。波が荒くて風の強い冬場は勢いよく潮は吹き上がっています。潮吹きをよく見ようと足場の悪い岩の上を端まで行くととても危ないです。落ちたら死にます。 では。

道の真中から赤滝大橋

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場所は元油谷町の長門市内。美祢から長門に向かう途中です。 写真では結構弘そうに見えますが、狭い山道を抜けてやっと開けてきたところで道幅が広くなっています。大坊ダムの手前です。 山の中なので滅多に車が通らないので道の真中で写真を撮りました。 見上げると青空です。橋梁の色は赤っぽい茶色でいかにも橋問感じで堂々としています。 橋の名前のプレートがあって名前が書かれていました。名前のない橋も多いのに「大橋」と名付けられていました。 では。

季節は変わる

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小倉へ。 三ヶ月に一度の小倉行きです。3ヶ月に一度の定期検診なので年4回、春夏秋冬と季節ごとに行くことになります。 小倉へは(事故をしないように)車ではなくてJRで行きます。田舎に住んでいると電車に乗ることは滅多にありません。田舎での移動は電車は不便なのですが移動時間は短いです。車で行く約半分の時間で着きます。 家から駅までは信号待ちをしても5分もかからないのですが20分前には家を出ます。なので駅で15分ほど待ちます。  小倉駅だと冷房の効いた待合室があるのですが、最寄り駅の待合室には冷房はついていません。椅子に座って暑いねと会話をしていたら、前の椅子に座っていた女性が会話に割り込んできて暑いですねえと喋りかけてきました。 この方も暑かったのでしょうね。二言三言挨拶を交わして、ホームに出ると女子高生がかん高い声できゃあきゃあ言いながらじゃれてました。元気がよくて良いです。 昼はいつも通り、小倉駅構内のサブウェイで食べます。1時間で戻らないといけないので、魚町商店街まで出ることもできるのですがたいていは駅ビル内で過ごします。 最初はわからなかったサブウェイでの注文の仕方にはもう慣れたのですが、従業員の方の注文取りの言葉が機関銃のように早いのでモタモタしていると撃ち殺されてしまいます。慌てないで落ち着いてゆっくり注文しました。 今日は珍しくトッピングもしまし。私はツナで奥さんはアボカドです。アボカドはおいしい。トッピングするならアボカドなのだけど奥さんとはべつのものにしようと思ってツナにしました。これも美味しかった。パンはハニーオーツでこのパンは甘くていい感じです。奥さんはセサミです。これは食感が良いです。 病院は大変混雑していたのですが、なぜかいつもの半分の時間で終わりました。 次は秋も深まっている11月です。寒いだろうな。 では。

道の駅で1億円のトイレを見てきました。

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福岡県大任町の「道の駅おおとう」です。もみじ館とさくら館の2つ建物があって、これはもみじ館。紅葉館には産直の販売所があって、さくら館には大浴場があります。 もみじ館の入り口の前にはミスト扇風機がおいてありました。これはとても涼しくて心地が良いです。暑い夏にはこれはうれしい。 もみじ館の入り口からまっすぐ入るとうわさの1億円のトイレです。左が男性用、右が女性用で真ん中には真っ白な自動ピアノが置いてありました。自動ピアノなので人がいないのに鍵盤が勝手に押されてクラシック風のメロディーが鳴り響いています。ピアノの奥のガラス窓の外では水が滝のように壁を伝って落ちていました。 男性用トイレの入り口です。1億円かけたということで金色に光っているのかなと思っていましたがキンキラキンではなかったです。白が基調の落ち着いた感じの空間でした。 手洗い所です。木製の落ち着いた感じの台の上に陶器製の水の受け皿がありました。床は木目調。 窓からは自動ピアノの奥に見えていた水の流れる滝の景色が広がっていました。夏場には涼しい感じがします。床はすべすべで白色でピカピカに光っていました。ピアノの音がかすかにトイレの中まで聞こえています。いい感じ。 個室の扉にはそれぞれこういった絵がついていました。 トイレの外側の壁です。この前は通路です。ここには陶板で大きなさくらともみじの絵が描かれていました。自動ピアノやこの陶板の絵も含んで1億円ということらしいです。 左の方に行くと物産直売所がありました。ここが一番人が多いです。道の駅らしい作りの売り場です。木製の平台の上に野菜が並んでます。 「かりんとうまんじゅう」なるものが売られていました。新聞記事で取り上げられたようです。あとで買おうとおもっていたのですが見て回るうちに忘れてしまって買い損ねました。 レジの後ろには今回の豪雨災害で通行止めになっている道を表示した「通れるマップ」が掲示してありました。東峰村を見ると通行不能区間ばかりでこれはどこへも行けないような感じです。 横にはテレビ番組などのサイン色紙が壁いっぱいに掲示してありました。いちばん古いのが2012年だったので開館したのはその頃なのかもしれません。 右に行くとフー...