告別

朝早く家を出ました。奥さんはいろんな事を思い出して寝ることができなかったといって顔はげっそりしていました。いつもの元気さはありません。

斎場の午前は立て込んでいるらしく、火葬の順番はその日の最後になりました。兄弟姉妹もすでに無く、近所からは不義理をしていたので来てくれる人も呼ぶ人もいません。

葬儀はしないで火葬だけの予定でした。本人の生前の希望通りお寺さんには連絡しました。火葬式では来られた住職のお経がとても長くて、住職によるとはしょらず葬儀と同等のフルサイズのお経をあげたとのことでした。

待合で飲んだお茶は、やけどしそうなほど熱くて、紙コップを持つ手を思わず離しそうになりました。ぐっと我慢してもっていたのですが、後になって見てみると指先が赤くなっていました。そんなに美味しいお茶では無かったけれどたて続けに2杯飲みました。

骨壷とともに駐車場まで歩いていくと、前庭には水たまりができていて、思わず空を見上げると青空が広がっていました。気がつかなかったのだけど、骨上げを待つ間に雨がふったらしい。

ある時あなたは、駅前の魚屋で白いゴムのエプロンを着けて包丁を握っていましたね。夫が漁師だっただけになかなか様になっていました。接客もしゃべりもうまく、常連のお客がついていました。

ある時あなたは病院のベッドの上で「殺される!」と大声でわめいて暴れましたね。心にやましいことでもあったのか娘に殺されると思ったらしいです。その騒ぎで病院から追い出されそうになりましたね。看護師さんから聞いたところでは薬などによる妄想ではなく心底そう思っていたらしい。

ある時あなたは、お土産にと食べきれないほどのサザエをもたせてくれましたね。漁協の夫の漁師仲間から直接買ったもので、茹でて冷凍したけれど食べきれないほどの量でした。あまりに食べ続けたのでしばらくサザエは食べたくなくなりました。

あなたは私の事をあまり好きではなかったようですね。お互い様かもしれませんガサツであまり思いやりもなくあなたの事を私もあまり好きではありませんでした。見栄っ張りで、浪費家で、人あたりはよかったのだけど、嘘つきで娘には迷惑ばかりかけていましたね。

たった二人だけの見送りだったけどお寺の住職が言うには阿弥陀如来と一緒にいくので寂しくはないそうだ。

これまでのあなたの人生を思い出すと締めくくりとしては幸せだったんじゃないかな。娘である私の奥さんもこれまでの苦労がこういう形で終わってほっとしているような気がします。

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